日記

2022年の振り返り&2023年の抱負

昨年の今頃にも抱負を書いていたけど、わりと本気で思っていることを書くと、抱負を意識し行動するということが出来ていたような気がした(というか面白い)ので、今年も書いてみることにする。

2022年 抱負

2022年の振り返り

昨年の抱負を読み返してみたけど、当時は結構人生を諦めてますねー(笑)

そりゃあそうでしょう。仕事をいくら頑張っても昇進するわけでもなく、昇給するわけでもなく、コレってものが得られない虚しさを抱えていたのだから。

あと、長年悩んでいた周りの人達への憤りについて、ようやく落ち着いてきた頃だったらしい。

とはいえ、抱負に「許」ということを掲げているくらいなので、まだまだ長いトンネルを抜けていなかったのでしょう。

・・・と他人事のように言っていますが、正直まだ抜けてないと思っています。憤りのトンネルを。

でも昨年は「許」という抱負に対しては成功だったと思ってます。かなり落ち着いたと思う。

その原因が何かというと、筆者自身が挑戦をしたことにより、自分の無力感・・・とまでは言わないにしろ未熟感を感じたからだと思う。

挑戦とは昇進試験のことである。

課長になろうと思った決め手や悩み

今までは自分の土俵に上がってきた他人に対して厳しい意見を投げかけていただけ。

いますよね、そういう人。自分が得意なことだけは強気で他人に厳しい人(筆者です)

そういえば、昇進試験の結果について触れていなかったけど合格しました。

今春からは晴れて(?)管理職になるわけです。

いろいろ思うところはあって話せば長くなるので、本記事では触れないでおきます。

とにかく、これから新たな土俵で勝負をすることになり、今までのように得意気に仕事をすることはできないと思われ、少々不安を抱えています。

こういった気持ちを持つことで、少しは他人にも優しくなれたのだと思う。

・・・仕事では優しくなったけど、家族には厳しかったかもしれません。

やっぱり筆者は根本的には変わっていないと思っていて「なんで自分だけこんな思いをしないといけないのか」とケチくさいことを考えてしまう人間です。

仕事はこれからさらに辛くなっていくことが予想される。

この辛さを誰にも理解してもらえそうにない。もちろん家族にも。弱音を吐く相手がいない。独りで抱えるしかない。

そうは言っても、そもそも家族のためだけに頑張っているのではない。自分のためにも次のステージに進みたいと思って昇格試験を受けた。

「!@&*()_+!@#$%^&*()_+」

人に不満をぶつけて良いことではないけど、自分の中で消化してなかったことにするのも納得がいかない。

そんな葛藤に苦悩し家族にあたってしまうこともありました。

こういった悩みから今年の抱負を考えました。

2023年の抱負

今年の抱負を一文字で表すと「怠」です。

怠けると言っても、何もしなかったり、人様に迷惑をかけるということではありません。

この言葉には次のような意味を込めています。

  • 正論を言わない
  • 完璧主義をやめる
  • 親切をやめる

正論を言わない

最近、我ながら良き考えを持てたと思うのは、正論が必ずしも正義ではないということ。

これは本当に良いところに気付けたと思っている。

正論掲げるのって実は結構簡単なんですよ。

例えば、仕事の期限を守れ!は正論ですが、それがしんどいんですよね。

仕事の期限を守らない → 人としてダメ

正論なんだけども、しんどいんですよ。人がしんどいことを受け入れないといけないというのは、人にとって正義なのでしょうか。

人が生きるために必要なことなら正義かもしれません。

ただ、会社の仕事なんていうのは無駄なことが多いと思ってます。

極論、その辺の会社全部潰れても人の生活にはそんなに影響ないと思います。社員に収入がなくなり路頭に迷うと言われそうですが、さらに言えば金なんかなくなってしまえと思う。

必要なことの究極は、衣食住です。

当社のようなIT企業なんてなくても良いのです。

IT企業で働いていると、重大なシステムに障害が起きると人の命に関わる問題になりかねない、とよく言われます。

昨年は大規模な通信障害で連絡手段が絶たれ、命に関わる問題がなんたらかんたら。

どうせ、この記事誰も見ていないと思うので言うのですが、個人的には人間死ぬ時は死ねば良いと思っています。

延命することで苦しんでいる人もいるわけで。元気な人が人の延命に尽力し自分の人生を楽しめない。人間社会とは愚かなものだと!#$%^&*()

話が逸れたので元に戻しますが、日本人は贅沢し過ぎです(日本しか知らないので日本人と言っておきます)

生きるために必要ではないことに拘り、それに貢献できない人に必要のない正論を叩きつける。この社会はそういう社会だと思います。

正論を叩きつける側にも理由があって、やらねばやられるからです。

これから筆者がなろうとしている中間管理職はまさにそれです。

さっさとやれ!なんでこんなことができないんだ!期限を守るのは社会人として当然だろ!

と、部下のケツを叩かないと自分のケツを叩かれてしまうのでしょう。

何が期限だ。その期限を守らないと会社がどうなるっていうのか。

問題が起きるとするなら上司に叱られるということくらいでしょう。

本当にどうしようもない世の中だと思います。

青臭いことを言うようですが、部下には正論を叩きつけずに、モチベーションを持って納得して動いてもらえるような指示をできるようになれたらなと思っております。

正論を叩きつけるのではなく、業務に影響のないことなら部下の怠惰を受け入れられるようになろう。

かなり壮大な抱負のような気がします・・・。

これは来年の振り返りでいい結果にはならなかったと言っていそうな気がします(笑)

完璧主義をやめる

基本的に人は完璧主義だと思っています。

仕事では、期限内に100点の結果を出さないといけないと勝手に思い結局着手すらしない、というのがよくあります。どうせどれだけ時間をかけても100点なんて出せないのに。

結果、100点どころか着手すらしないので0点です。

0点の結果になるくらいなら50点でも60点でも良いという発想はないわけです。

話は変わりますが、筆者には失敗が怖くて過剰に頑張ってしまうところがあります。

もうちょっと肩の力を抜いても結果は変わらないかもしれないのに、不安に感じて過剰に頑張ってしまうところがあるのだと思います。

なので、今年は過剰に頑張らなくても良いよう、力の配分を見極められるようになりたいと思っています。

そのためにどうするのか。

従来であればやらなければいけないと思ってしまうことをやらないようにします。

何なら大きな失敗の1つでもしてやろうかと思っています。

失敗を知ることでわかることがあるはずです。

普通に歩けば絶対に壊れない石橋を、壊れるんじゃないかと叩いて渡るものだから大きな労力を費やしてしまう。

こんなことで労力を無駄にしている場合ではないということです。

なので、筆者は仕事において「だろう運転」をします。

たぶん大丈夫だろう・・・と。

親切をやめる

親切をやめると言っても全くしないわけではありません。

過度な親切心を持つのをやめるということ。

よくあるのは、仕事でお願いをされた時に忙しくても引き受けてしまうこと。

また断った時に罪悪感を感じで心苦しくなること。

困っているだろうから助けないと人として間違っている気がする、断ると気持ちが沈む。

休日に仕事の電話がかかってきた時に出ないと罪悪感を感じる。

こういったことがよくあります。

こういったことは割り切ってやめる、そして気楽に考える。

仕事を断る人なんかいくらでもいるし、そもそも仕事ができなくて声がかかることすらない人も普通にいる。

自分じゃないとできないだろうから仕方なく受けよう…なんてことはもうやめる。

そもそも会社の運営として個人に依存なんかしてはいけないわけで。

また、勝手な想像だけど人より仕事を断っていないと自負しており、筆者が少々断っても他人は何とも思わないかもしれない。

少し矛盾するけど、自分にしかできない仕事はやる、他の人でもできる仕事は断る。これくらいの気持ちで良いと思う。

あと休日の仕事の電話。その時に携わっている案件の関係者なら出ることも考えるが、明らかに関係なさそうな電話は取らない。

関係性が強くない人にまで良く思ってもらわなくてよい。

まとめ

怠けるという抱負を掲げたけども、要は何事も加減です。

大事なことは正論をしっかり持って考えないといけないが、人を追い込むような正論はダメ。

完璧主義も雑で良いわけではなくて、大暇な部分だけはしっかりおさえないといけないし、どうでも良いことで完璧を目指して時間をかけるのはダメ。

何でもかんでも親切しているとキャパオーバーするので、自分にとって大事な人には親切にするとか、親切をしないと大きな問題が出そうな時にするとか、そういった見極めが必要だと思う。

今年は昨年までと違って、もはや他人への憤りなんかどうでも良くなりました。

2023年の抱負は、他人に期待するのではなく自分がどうするのか、という内容になっていると思うので、これも一つの成長なのかなと思います。

最後に、仕事のことばかり書いていますが、家族のことにも通じるものはあります。

仕事と家族、どちらが大事かというと家族だと思ってます。

筆者が家族にしてやれることは仕事くらいしかありません。収入を得ることが筆者の一番の存在意義だと思ってます。

家族に当たり散らしてしまい、やってしまったと思った時は仕事もしんどいです。

家族がいつも通りに戻ると仕事が楽になります。

ほどよく怠けることが実現できると、自分の心に余裕が生まれて、人のことも気持ちに余裕を持って考えられるようになると思います。

そうなれば仕事にも家族にも、もう少し柔らかい対応ができるようになり、周りの環境がよくなっていくことでしょう。

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