人生の話

40代は楽しく生きたいものです…40歳を迎える筆者が思うこと。

突然ですが筆者は今年で40歳を迎えます。

人生の折返し地点と言っても良いでしょう。

10代は学業、20代は仕事、30代は仕事、結婚、子育て、ブログ開設、無謀な脱サラ宣言と自身としては割と忙しく生きてきたのかなと思っています。

遊びは控えめな方だと思っていますが、何となく下品な話になりそうなのでここでは触れないでおきます。

30代で子供が産まれてから人生観がかなり変わったと思っています。いろいろと言いたいことはありますが物凄く長くなりそうなので割愛します。

普段はお役立ち記事しか書く価値を見いだせない筆者ではありますが、たまには自分の心境でも書いてみようと思い、今Macと向き合っています。

本記事ではこれまでを振り返るのではなく、これから迎える40代どう生きていくかについて思うことを書いてみようと思います。

読んで頂いてもクソの役にも立たない内容だとは思いますが、40歳を迎えるおっさんってこんな心境になったりするんだな、とでも思ってもらえればと思います。

40代は仕事はほどほどに楽しく生きる

40代を楽しく生きるために、仕事はほどほどにしようと思っています。

というか既にほどほどにしています。

今までは仕事に全力で取り組んできたつもりです。

と言っても自ら進んで頑張っていたわけではなく、やらざるを得ない状況になっただけなのですが…。

とにかく仕事で気が休まることなく生きてきましたが疲れてしまいました…。

そんなこともあって会社への不満が爆発して2018年は会社を辞めると言い張っていました(結局辞めていません)

ここからは腹黒い本音を出していきますのでご容赦頂きたいのですが、

退職を決意すると程よく肩の力が抜けまして、そんなに自分を追い詰めなくていいんじゃないの?という気になりました。

また、会社の仕事を頑張っても筆者にとって何も良いことがないとわかりました。

頑張った結果、昇進の話もありましたが断りましたし、査定により多少の給料アップもありましたが、筆者にとって満足できるものではありませんでした。

(筆者にとって)過酷な業務を耐え抜いたことで得たものは卑屈な感情でした。

目下の人間が自分程仕事をしていない(ように見える)のは実力の問題があると思うので理解できるとしても、目上の人間がぬるい仕事をしている(ように見える)のを見ると、気が狂いそうなくらいに卑屈になっていました。

卑屈になり過ぎて上司を明らかに無視をしたり、一言言われたら否定的な言葉を10返すような対応をしていたくらいです。

そんな対応をしていましたが、実際誰が悪いわけでもないし自分が大人気ないこともわかってはいたので、理不尽に思える業務量に対する上司への怒りと自分の大人気なさの間でもがき苦しんでいました。

それが退職を決意した理由になるのですが、残るメンバーに仕事を残さないように手放せる仕事をどんどん手放していった結果、随分と楽になりまして仕事を受け過ぎていた自分に問題があったと気付くことができました。

自分の中で、各々が全力で仕事に取り組むことで会社の業績が上がっていく、という理想論を胸に頑張ってきたのですがそんな理想論を掲げても何も変わらないということに気付きました。

今では自分の中にある理想論は捨てて、与えられた仕事をきちんとこなせればそれで良いと思っています。

それでは物足りないようであれば困っている人を助けるくらいで良いでしょう。

一個人が会社の業績といったぼやけたものにムキにならない。実際にこの目で見ている周りの人を不愉快にしないようにさえすればそれで良い。

こう思うようになったのです。

筆者は仕事の依頼を断れる環境、立場にあったのは運が良かったのかなと思います。

これからは仕事は若い衆に任せて、40代をまったりと楽しく生きていきたいと思います。

40代を楽しく生きる為に嫌なことでも受け入れる

仕事の依頼を断るという話をしたばかりですが、実際のところ断ってばかりもいられません。

時には嫌なことも受けれないといけません。

筆者の家庭は妻が専業主婦なので筆者の収入で成り立っています。

そんな筆者が仕事が嫌だから辞めるとか言っている場合ではないと痛感しました。

もともと昨年の9月で退職を決意していたのですが、その後のことは何も考えていませんでした。まぁなんとかなるだろうと。

退職した後、数ヶ月は無職の期間が続くだろうと思っていたのですが、そうすると預金のことが気になり始めたのですね。

妻と子供に「頼むから必要無いものを買わないで欲しい」という、まぁケチくさい気持ちを持ってしまいました。

そのケチな気持ちを、不要なものを買わずに生活費をきちんと管理する、という正論にすり替えていたのですが、

別に高い物ねだってるわけでもないのに、それくらいのものストレス無く買わせてやれないとか男としてクソ過ぎる

と思ったんですよね。

自分はなんてクズなんだと思いました。

結婚をして子供ができると自分の人生はもう自分だけのものじゃないんだなと思うようになるんですね。

自分が少しの我慢をして家族が楽しくしてくれるなら何よりなのです。

家族が円満でいることが筆者にとっても良い生活なのですから。

40代もブログを楽しみながら生きる

筆者にとってブログは趣味であり副業です。

自分のサイトを育てていくという遊びであり、お小遣い程度ですがお金が稼げる副業でもあるのです。

2018年は、退職してブログで食べていきたい、とか無謀で恥ずかしい目標を声を張り上げて言っていましたが、今は考えないようにしようと思います。

ブログが生活ができる程の収入になることをもちろん夢見ていますが、所詮ただのド素人なので夢で終わるんだろうなと諦めつつあります。

早くブログで実績をあげたいとのプレッシャーに駆られていたりしますが、ブログはメインの収入源ではなくあくまでも小遣い稼ぎなので、もうちょっと気楽にやれば良いかなと思っています。

ブログで生計を立てることを考えると、ブログが息苦しくて仕方がありません。

なのでブログは趣味8割、2割副業くらいのバランスで考えていこうと思っています。

とにかく40代は焦らずコツコツとブログを成長させることを楽しみながら生きていきたいと思います。

人生を楽しく生きる為に40代で脱サラしたい

言っていることがめちゃくちゃですが、ブログで生計立てるのは諦めると言いつつ脱サラは捨てきれない夢なのです。

8時間労働の会社勤めは人生の3分の1の時間を食い潰しています。

普通に考えてきつくないですか?

実はここの話はいろいろ思うことを書こうと思ったのですが、内容がまとまらないのでとにかく脱サラしたいというだけ書いておきます…(なんじゃそりゃ)

なぜ脱サラしたいのか正直わかりません。

仕事に興味がないのはありますが、脱サラをしたら楽しい仕事を見つけられるかというと、そうとも思えません。

ブログで生計を立てるという夢があるものの、先にも書いた通り叶わないでしょう。

でも筆者の頭の中には、脱サラをして独立をし、全て自分の判断で仕事をしている充実した人生がキラキラと描かれています。

やるもやらないも自分の判断なので仕事より家族を優先することもできます。

時には遊びを優先することもできるでしょう。

そんな夢を捨てることはできないわけです。

独立したが故に苦しいこともあるでしょうが、会社勤めのように意味がわからない苦しみは少なくなるのかなと勝手に思っています。

自分の判断で苦しいことを受け入れるわけですから、少しは納得もできるでしょう。

独立をすれば頑張れば頑張った分だけ懐も暖かくなります。

お金に怯えない生活の実現に近づけられるのです。

とここまでただの夢を語っているわけですが、もう1つ言うと定年後も収入を得ないといけない時代だと思います。

会社から出た途端にお金を稼げない人になってしまうのではないかと心配しています。

なので今のうちに会社に依存しない人生を考えないといけないといけません。

会社以外で収入が得られるものを40代で見つけたいと思っています。

見つけられたら脱サラの準備に入っていきたいなと。

まとめ

これからの人生の方向性がまとまっていないということがわかっただけのクソみたいな記事を書いてしまったと思ってます。

超時間の無駄だった。

もしここまで読んでくださった人がいたら申し訳ないです…。

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