生活

満足は与えられるものじゃない。自分がそう思うようにするものじゃないかなという話

喜び-傘をさす人

他人や仕事、家族、物、ひいては人生に満足していない。

僕もそのうちの一人だけども、みんなどれか一つくらいは、不満を持っているんじゃないでしょうか。

 

仕事をしていて、一体この頑張りで誰が救われるんだろうか、とか考えてしまう時がある。

僕が仕事をしないことで、その仕事を変わりに押し付けられる同僚、管理能力を問われる上司、そういう人達が困るとかいう話はなしで、そもそも人にとって必要なことなのかっていう話。

 

人は、衣食住が満たされれば生きていける。

 

うちの会社はIT企業だけども、ITだのなんだのは、暮らしを便利にしているだけであって、なくても生きていける。

なくてもいい物のために、必死に働く。

時には必死のあまり、人を傷つけさえする(一番嫌いなところ)

もはや何やってるんだかがわからない。

 

こんな仕事をしていることに満足を感じることはできない。

 

 

という不満が僕にはあるわけです。

 

じゃあ会社をやめて、他のことをやればいい、という話はここでは置いておきます。それができないから悩んでいるわけなので。

 

そんな会社生活をこれからも続けていくわけなので、面白くないと思いながら続けることはしたくない。

それはすごく人生を無駄にしている気がする。

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本題

 

僕は、不満を周りのせいにしてはいけないと考えています。

 

一つ例をあげると、自分の仕事を人に任せてみたら失敗した、という時。

失敗したのは誰でしょうか。任せた人でしょうか。自分でしょうか。

僕は、自分だと思います。

任せた人のフォローが足りなかったとか、そもそも人選を誤ったとか、そう思うべきだろうと思う。

 

それを「お前に任せたのが間違いだった」と皮肉のごとく、依頼した人に言ってしまう、露骨に雰囲気に出してしまう人がいるわけです。

こんな人はきっと、人から一緒に仕事をしたくない、それどころか二度と話したくないとすら思われると思う。

 

不満の話をしましたが、満足だってそうじゃないかと思ったという話です。

実は、面白いこと、楽しいことを目の当たりにしているのに、不満のことばかり考えているから見落としているんじゃないかなと思った。

 

本当は、満足できることもあるはずなのに、不満ばかりを考え、満足を受け入れようとしていないのでは。

 

満足は周りから与えてもらうとか、気付かせてもらえるとか、偶然に起きるとか、そういうものではなくて、自分が満足と感じようとするもの

 

・・かもしれない。

 

ただし、本当に嫌なことまで満足に変えようと思う必要はないと思いますよ。

僕が感じているのは、仕事の中にも面白さを見つけようとしないといけない、ということ。

 

会社とか同僚のためとか思わなくていいから、自分のためになると思えるものを仕事の中から見つけ出せば、その仕事に少しはやりがいを感じれるんじゃないかなと思う。

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結び

 

結局、他力本願はダメということになる。

人が何をしてくれないとか、与えてくれないとか、そんなことを思ってはいけない。

 

極論、自分に降りかかるすべてのことは、自分の責任だと思うべきだと思う。

 

 

本当はこんなことを言いたかったんじゃないんだけど・・・。

まぁ、いいか。

 

本当に書きたかったことは、今度書こう(‘;’)