子育て

子供が1歳になった日

母子の手

うちの子が産まれてちょうど1年が経ちました。

出産から今日まで、短いようで長かった。

良くも悪くもいろいろと家庭内の変化がありました。

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出産の日

妻は実家に帰っていて、前日の夜中に今病院に入ったとの連絡が本人から来ました。「まだまだかかりそうなので、また連絡するから今は寝てていいよ」と言ってくれました。全く緊張感もなく有難くそうさせてもらいました。

AM6時頃、妻から電話が入りました。「そろそろかも」と弱々しい声でした。とりあえず病院へ向かうことにしました。その前にシャワーを浴びました。一大事とはいえ身だしなみは大事…。

8時半頃、病院に着きました。「髪の毛ちゃっかりセットしてるし!」と妻。何だか申し訳ない気持ちになりました。それを挽回したいとの気持ちで、何かしてほしいことはないかと尋ねたら、「飲み物が欲しい」というので近くのコンビニでアホほど飲み物買ってきました。「そんなに要らんわ」と妻。

もともと立会いはいらないと言われていました。理由は、横で「頑張れ」という無責任な応援をされるとイラつくからということでした。「言われんでもがんばっとるわ」と思うそうです。それでも初産ということで、その時が近づくにつれ不安が募りやっぱり立ち会って欲しく思ったようです。

そして立ち会うこと4時間。とうとう子供が産まれました。私はもともとあまり感動をしない人間なのですが、何とも言えない気持ちでした。何をしていたわけでもないのですが、私もクタクタになりながらも子供を抱いていたのを覚えています。産まれた直後でもあくびやくしゃみをするのに驚き、くしゃみに関してはそのショックで子供がどうかなるんじゃないかと心配したものです。

その後、そのまま妻は入院となったのですが、産婦人科の病院ではすごくいい食事が出るんですね。(もしやその病院だけ?)妻も私も昼食も取っていなかったのですごくお腹が空いていたものの、疲れ果てて食欲はあまりありませんでした。

それから1ヶ月程、妻は子供と一緒に実家で生活していました。その間私はというと、すごく羽を伸ばして子供が帰ってくるのを楽しみに待っていました。この1ヶ月が私にとって最後の自由となりました・・・。

出産1ヶ月以降

妻が実家から帰ってくるということで、妻を迎えに行くことに。帰りの車の中で妻からまさかの有難いお言葉が。「夜は一緒に寝なくてもいいよ。仕事に支障が出るといけないから」
普段から自分だけが苦労をするのは許せないと言いたがる妻が、こんなことを言うなんて。母親になるとここまで立派になるものかと感動したものです。これからの夫婦生活の不安が解消されるかのようなとても希望に満ち溢れた気持ちになりました。

しかし、その言葉も虚しくすぐに妻は子育ての厳しさを味わうこととなり常に不機嫌に。最初のうちは2~3時間おきにミルクを与えねばならなく、それは夜中も例外ではない。妻は不眠の状態で子供の面倒を見てくれていたので、多少不機嫌になるのは仕方がない。

不機嫌になる妻との関係

そもそも何故不機嫌になるのか。男には理解し難いことだが、私の解釈はこうです。男は育児に協力的じゃないと思っているからだと思う。男には男の言い分があるだろうが、まぁ世の男のほとんどはあわよくばゴロゴロしていたい、声がかかったら手伝ってあげようと思っているのではないでしょうか。女性は自主的に家事や育児を手伝う姿勢を見せて欲しいと思っているのだと思う。朝から晩まで外で仕事をしてくたくたになって帰宅したという男の事情は全く関係ありません。

とにかく私はこういう人間ですが、こういうだらしない部分があることを自覚しているので、不機嫌な態度を取られてもあまり反論はしません。が、その小さなストレスが積み重なり一気に爆発することがあります。この1年間で2回ありました。本当に離婚を想像することもあったくらいです。最後の壮絶なバトルは今年の正月でした。それはもう激しかったです。物を投げつけたり怒鳴りあったりしました。

それが最後のバトルで、特に話し合ったわけでもないのですが、お互い反省したのか、それ以降は大きな喧嘩もなく過ごせています。肌で感じる雰囲気としては、妻は私に対して態度が酷すぎたと反省をしているようにも見えるし、私はもう少し育児に協力をするべきだと感じており、それが今の温和な生活に繋がっているのかなと思います。

女性に何も言うことはありませんが、男性には伝えたい。自主家事や育児に参加することが大事だと思います。それだけで女性の気持ちの安定度が違うと思います。どうしても自由な時間が欲しくなり、何も言われなければあわよくば家事・育児から免れれると思いたい気持ちがあるかと思いますが、子供を作った時点で自分の人生は妻子に捧げなければいけないと覚悟を決めておくべきだと私は思います。頑張っていきましょう。

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子供のことをいつも考えている

最初のポイントは3ヶ月くらいで首がすわるところかなと思いました。首がすわるまでは子供の扱いに常に緊張感があります。沐浴も最初は怖いくらいでしたね。子供が産まれる前に育児セミナーというのにいったことがあり、そこで沐浴は習うのですがやはり人形相手と本物の赤ん坊では全然違います。とにかく子供を扱うのに片手は首を支えるのでふさがります。何をするにも片手でやるというイメージです。首が座るとだいぶ楽になります。言い方は悪いですが、少しは雑に扱っても大丈夫というイメージです。

寝返りをうった時、はいはいをするようになった時、声を出すようになった時、立ち上がるようになった時、少し歩けるようになった時など、大人にとっては当たり前のことが何もできない中、それがどんどんできるようになってくると、当たり前のことなのになぜか嬉しくなります。これからの子供との生活の楽しみが無限に広がっていく気になります。

私はいつも子供のことを考えています。歩き始めたら外での遊びの幅は広がるし、言葉を話し始めたら会話を楽しめるし、将来どんな子になるんだろうとか、仕事が億劫になった時にこんな姿を子供に見られたら情けないだろうと思い気合が入ったり。もし今自分が死んだら、この子の未来が見れず悲しいだろうと思ったり、今の生活を何十年後かに思い出すと妙に悲しくなるんだろうなぁと思ったり。

子供にとって立派な父親でなければならないと思うと、それはイコール立派な「人間」にならなければならない。今の私の立派な人間の解釈は、他人に親切な人間ということです。私はこれまですごく自分勝手にやってきました。ダメだと思う人間を蔑み、そんな人間のお願いを聞いているほど暇じゃないと勘違いをしていたり、それは酷いものでした。そんな酷い気持ちがだんだん薄れていき、人のお願いを聞くことを受け入れれるようになってきました。これが俗に言う丸くなったというやつなのかと思います。

子供ができると、自分が立派でなければいけないという責任感というか、高い志がうまれてきます。こうやって親は子供に成長させられるんでしょうね。これからも子供に恥じることが無いように生きていきたいと思います。

ABOUT ME
Taka
既婚/サラリーマン/投資/ゲーム もうすぐサラリーマンを辞めます。家族もローンも抱えていますが、サラリーマンでなくても生活していけることを証明することをテーマとし、ブログを書いています。人生のキーワードはNRP(悔いのない人生)です(造語)2018-01-07