生活

好きなことだけをやるという考えに違和感を感じる

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好きなことだけをやる

自己啓発本やビジネス書、ツイッターなどでこういった言葉が飛び交っている。

素晴らしいことだと思うけど、少し違和感を感じた。

 

本来、人が生きていくためには、無くてはならないものがある。

極論は、衣食住。

自然環境に備えて衣類を身に付け、住む場所を確保する。そして、命のために食す。

 

衣食住だけは、絶対に必要なわけだけども、僕の耳・目に飛び込んでくる好きなことって、それ以外のことであることが多い印象です。

 

もしも、みんなが好きなことだけをして生きるような世の中になってしまったら。

人間の生活って成り立たないでしょう。

 

衣食住だけを考えてしまうと、極端過ぎるので置いておくけども、やりたくないことをやっている人がいるから、今の世の中があり、好きなことだけをやる人生にしよう、なんていうことが言えるのかもしれないと思ってしまった。

 

それを思ったのは、よれよれのシャツを着て、しわだらけのズボン、肩から掛けたビジネスバッグのせいで、シャツがだらしない感じになっているサラリーマンが、この灼熱の街中をトボトボと歩いている姿を見た時だった。

表情を見ても、決して楽しい人生を送っているようには見えない。何かに追われながら、身なりに構う余裕もなく、必死に働いている姿を見ていると、好きなことだけをやるって、一体なんなんだろうかと思えてきた。

 

皆がそう考えるようになれば、それはそれでいいのかもしれないが、世の中にはそれに気づきもしない人がたくさんいる。

率直な気持ちをいうと、やったもん勝ちっていう言葉がしっくりくると思う。

そんな気持ちを持ってしまったので、違和感を感じたんだと思う。

 

とはいえ、個人が世の中の人達全員を気にする必要はないと思うし、そんなことは不可能なので、やったもん勝ちということが、言葉こそ悪いけども、悪いわけではないとは思う。

 

ただし、みんなが好きなことだけをしていればいい、となることはあり得ないだろうと思う。

誰かが必ず、家を作り、服を作り、食べ物を作らなければいけない。

 

もし仮に、世の中の人達全員の希望の統計を取ることができたとしたら、その中で占める衣食住関係がどれほどのものなんだろう。人が好きなことだけをやっていく時代がくるにつれ、明確になっていくでしょうね。

 

好きなことだけをやるというのは、世の中のみんなが幸せになることではなく、その人を取り巻く一部の人達のみが幸せになるということだと、僕は思いますね。

 

つまり、好きなことができて人生が楽しいと思えるということの裏には、好きでもないことを日々頑張っている人がいるということ。

好きでもないことをし続けて人生が終わっていく人がいる。そういった人達がいるからこそ、自分は好きなことをしていられる。

その人達に感謝をすることを忘れてはいけないんでしょうね。

 

そして、好きなことだけをしよう!と軽々しく叫ぶのはやめよう。

最近は、この言葉の重みがあまりにもなくなり過ぎているような気がする。

好きなことだけをしよう=楽しよう、と聞こえて仕方がない。

 

もし、そういった気持ちで叫んでいる人は、考えを改めてみよう。

要するに、これが言いたかったんです。

 

好きなことをして、そこから人の助け、社会貢献につながることをしたい。

もしくは、社会貢献につながることをすることに、充実感があるから、それが好きなことだ。

根底には、必ず社会貢献という気持ちがなければいけない

と、気持ちの整理をつけることにしました。

ABOUT ME
Taka
30代/既婚/娘1人/夢は脱サラ。人生のキーワードはNRP(悔いのない人生)です(造語)納得がいく人生を送れるように日々試行錯誤しています。仕事、育児、ブログなど幅広いジャンルで記事を書いています。最近は1に育児、2にブログ、3に仕事というライフバランスです。