雑記

日記 ~成長について考える~

 

日記も書いていこうかなと思います。

最近、卑屈になっている自分がいる。僕は普通のサラリーマンです。

卑屈になっているのは、仕事が多忙だったせいかなと思っています。どこの会社も同じだと思うけど、同僚には忙しい人とそうでない人がいると思う。忙しい人は仕事に前向きで何でもチャレンジする(せざるを得ない)から忙しくなり、忙しくない人は、自分には経験のない仕事を恐れ断ってしまうから声をかけられることが少なくなり忙しくない、ということだと僕は長年思っています。

かくいう僕はというと、何でもチャレンジしているわけではないが、チャレンジし続けた結果、お馴染みの顔ぶれから依頼が来るようになっている。幸か不幸か大きな組織の仕事である為、1つ1つの案件はそこそこの規模であると言ってもいいくらいだと思う。もちろん、自分よりも大きな仕事を抱えている人は世の中いくらでもいるということは理解しているつもりです。

言葉が悪いですが、自分より下はいくらでもいるし、上もまたいくらでもいる。僕は上を見続けて仕事をしていきたいと思うのだけれども、どうしても下が視野に入ってしまう。僕は自分の成長を実感できることが一番人生で楽しいと思っていると考えるんだけど、それを邪魔されるのがとても不愉快に感じる。

 

そして、矛盾を感じるのは、人間関係がすごく苦手ということ。できることなら1人で仕事をしたいくらい。上へ上へと目指して頑張りたいのに下にひきずり降ろされる感覚に陥った時に苛立ちすら覚える。それは部下や後輩の面倒をみるということとは違っていて、僕と対等かそれ以上の立場の人間に行く手を阻まれるということ。

今の僕の悩みは、できるだけ人とは関わりたくない、でも上を目指すには自分が認めれる人を見つけついていくしかないということ。自分を成長させるには、自分よりもレベルの高い人をこの目で見ることが何よりの近道だと考えています。

しかしながら僕は、自分より少し上かもと思うくらいの人の場合は、その人を認めるのではなく、逆に自分より上であることを認めたくないという気持ちになります。ライバル視とは少し違うけど、悔しい気持ちが大きく、自分は自分の道を見つけて絶対に勝ってやるという熱い気持ちになるんですね。手が届きそうな人はすぐに追い越したいということです。

なので僕にとって認めれる人というのは、文句なしに絶対的に尊敬ができる人なのかもしれない。

なかなか人を信用できない性格ですから、僕がもう少し人を受け入れ、歩み寄れるような人間になる必要があるのだと思います。

最近こんなことばかり考えていて、どうしても今の会社ではそんな人には出会えなさそうな気がしてならないんです。そういう人に出会うには、人に歩みよりその人を理解する努力をしなければいけないのではないかと思うのだけど、歩み寄る段階で僕を失望させる部分が見えてしまう。

僕は間違っても天才ではないので1人で成長するということはできないでしょう。成長をするには必ず人の力が必要です。この事実は絶対に忘れてはいけない。

そんな出会いを求めていくことが、今の僕にとって一番楽しいことなのかもしれない、と思う今日この頃。

出会いを求める

これが今後のテーマとなるかもしれません。

本当は最近すごく卑屈になっている話をしようとしていたのですが、この記事を書いているうちに何だか少し前向きな気持ちになれました。僕を助けてくれる人との出会いを求めてがんばってみようかなぁ・・・。